理不尽な上司にどうしたら感謝できますか

投稿者:

北の国↔︎東の都間メッセンジャー@昼時

 

「いけのりさ〜ん、おめでとうございます!私コレ読んで感動すますた!」

「わーありがとうございます!!!ウレピーです。本当は個別にお礼送りたいくらいなのですが手抜きすちゃった〜」

「ちょっと疑問に思ったことがあって」

「なんどすかーー」

「怒ってくれる人とか、注意してくれる人とか、マイナスな感じがすることはあえて入れなかった感じですか」

「おお」

「実は会社の上司が人を怒るのに生き甲斐を感じているみたいな人で、罵倒に近いような怒り方からどうでもいいことの指摘まで一日一回は、何か言わないと気が済まない人なんです。昔いけのりさん人生相談で、厳しい上司は神の使いみたいなのを読んだ時に、上司に感謝しなきゃなと思って、、(でも思えなくて)、、これ読んでまた、私の場合は怒ってくれる上司に感謝必要だよね〜と思ったのですが。。。会社行くの憂鬱です」(30代・姫君・IT)

「うむ、それはゆううつ〜」

 

 

どうもです。今日の流れがイマイチ掴めない…とそこのアナタ様!取り敢えず前情報とすて

コチラの【御礼】

をお手すきの時に御一読お願いすます。お誕生日に発信すたメッセージページどえす、今日は前段から唐突な本論突入のツチノコ占い師いけのりです。

そうですね、あの御礼は一つひとつ、近親者・関係者の皆様のお顔を思い浮かべつつ書いていたナリガ、、我を怒ったり、叱ったり、注意したり、指摘したりする人の顔は思い浮かんで来なかった。。。(あ、厳密に言うと怒ると叱るは意味がちょっと違うらしいので分けてあります。)

ええ、ええ、わたす、怒られたり注意されたりするの得意でないので、普段から怒叱注意指摘すてくる系な人とは、自然と深いお付き合いに発展しない感じなのです。。。

故に、周りにそういう人がいない→あのページで御礼を言う必要性が生じなかったという…

あ、ハイ、、物心付いた時からあまり叱られることなく自由気ままに育ってすまった自身にとって、わたすが求めてもないのに怒叱注意指摘してくる系の人というのは、

 

「わたすの邪魔をする人」「わたすからわたすらしさを奪う人」「わたすから自由を奪う人」

 

なのです。そこまで言いますかって、感じですが、、、ええ、ええ、当たらずと雖も遠からず…最近ですね自分&周辺分析をしまして、、それまでは誰とでも分け隔てなくお付き合いしていると思っていた自分…まったくもって勘違いですた。(勘違い甚だしいね)

 

「なんつー自分勝手な考え方なんだ!」

 

と呆れるならカラダいっぱい呆れてチョンマゲ。でも本当に意図しているわけではないのですが、、怒り・叱り・注意・指摘されると、、自然とそこから心と体に距離が生まれ、、、いつの間にかサヨウナリ〜状態になります。きっとあれですね、、無意識が遠ざけている予感です。無意識の意識。潜在意識。うむ、オカルティ。

あ、ちなみに、、もちろん全部が全部ではなく、わたす自ら注意・指摘始め、意見を乞うておる時はまた話が別になります。

で、繰り返すようですが、あの御礼のページはですね、わたすの好きなようにやらせてくれ、気分を上げてくれ、やる気を奮い立たせてくださる人に向けて感謝の念を届けたかったページ。わたすにとってやる気を削ぐ存在である求めてないのに怒叱注意指摘してくる系な人々へ礼を言うには及ばんかったナリ。あ、こういう時の「礼には及ばん」ですかね。で、こういう勝手気ままな考えを表明すると

 

「大人になると誰も言ってくれないから、怒ってもらえるってありがたいことなんだぞ!」

 

こんな意見が飛んできそうですが、、、ええ、ええ、それもまあ、そうですよね。この人間界にはもう〜色々なタイプの人間がいて、色々な考え方があり、厳しく怒らないとダメな人(まさしくアンタでは…?)、ケース・シチュエーションも多々存在します。新人さんなどは特にバシッとビシッと叱らないといけないシーンありまくりと思います。

そういう場合そういう人には、怒る叱る注意する指摘する、、は必要と思います。怒ってもらえるのって、指摘してもらえるのってありがたい…厳しくしてもらえて初めて気がつけることもある!人によっては怒りのパワーを受けてやる気がみなぎる!ほとばしる!成長の糧になる!何クソ!みたいな(文章がやけくそに見えますが)のはたくさんあると思います。

が、そんな中、「わたす」はそういうのされると、なんかつまらんな、、とパワーが削がれるタイプの生き物というだけのことです。えッ?なんかもう一個声が聞こえてきますた、、、(一人芝居頑張りますね)

 

「いけのりさんの周りっていけのりさんのことどうでもいいから怒らない・注意しない、そんな軽いお付き合いの人の集合体だったりしませんか?相手のことを真剣に考えていたら怒ったり、指摘したりすると思います」

 

あああ、まあ、そういう軽々しい方もいると思いますが、、長きに渡りわたすとお付き合いを続けてくれる方々というのは、やりとり上手な人が多くって、、我にとって致命傷でないことは放っておく感じで、怒ったり・直に指摘することがあまりない。ええ、その代わりに巧みにわたすの脳内に「注意喚起の種」みたいなのを植え付けてくれる。

その種はふとした瞬間に芽を出し、、「あ、コレってあかんカモ鴨長明、、、」と、ツチノコ自らで気が付い(たようになっ)て、、、軌道修正をし、、あああ、そういえばコレって、⚪︎⚪︎の君のおかげカモ鴨長明、、という感じです。

ええ、ええ、これだと自身で間違いに気付くまでに時間がかかるのは否めませんし遠回りではありますが、、、、不快感はないのに深い納得感があり、、それはそれでいいカモ鴨長明と思い生きてます。(時と場合にもよるでしょうが。今の所は十分)

怒りや言ってやりたいという気持ちを表に出さず、相手を不快にさせずに、自分自身で気付いてもらうように仕向けるというのも乙なもんですよね。わたすもそうありたい。

何気なさそうな一言や、、どこぞの名言や推薦図書の紹介や、別の人の話の例などを交え、上手に気付かせてくれます。まあ、相手も意識してやってるのか微妙な時もたくさんありますが。(無意識 to 無意識)

ああ、あそこに加えるとしたら

 

上手に気付かせてくれるアナタ!ありがとうございます。

 

ですかね。(うまくまとまりましたね)

 

で、、、話がチンタラ長くなっておりますが、、、そんなわけで、言いたかったのはですね、感謝したくない対象である上司さんに対して、感謝の念を無理矢理絞り出し、感謝したりなどしなくてもいいと思ふ〜ということです。(そ、それが言いたかったんですね、長かったですね)

心で真に思っていることと、行動とのギャップは大きなストレスの素になります。

心と体が一致してない、何やらしっちゃかめっちゃかな状態です。心と体は同じ方を向いたベクトルの状態がいいカモ鴨長明。。。

あと、せっかく感謝したいという気持ちがある御相談者様のそのお気持ちはすんばらすぃと思い、、感謝するならその上司さんを人生修行の一環とすてプログラムすてくださった「御神」にする、というのはDOでしょうか。

ええ、ええ、感謝の念を持つのは生きる上で大きなパワーになります。本気で御神に感謝できるようになったら、、自然とその上司さんにも感謝の念が降り注げるようになるカモ鴨長明。イメージ的には、高い所(神領域)から低い所(下界の上司さん)に感謝の念が流れていってる感じどえす。

 

うむ、、それにしたって、一日のうち、会社で仕事をしている時間は睡眠時間以上に長いのに、嫌な上司と毎日時間を共有せねばならないのはツラいですね。

まあ、上司さんアレコレについては深く考えないのが一番ですね。(それが難しいんでしょ)

ええ、ええ、離れた時に初めて、「ああ、あの存在ありがたかったな、、(忍耐力付いたし)」ってなるもんカモ鴨長明。今はそんな日が来るといいな、、くらいで深く考えずで。

 

あ、最後に「怒ると叱る」の違いです。なーるほどザ秋の祭典スペシャルですね。

 

あ、待った、もう一個ついでに・・・以前も紹介させてもらってますが、コチラの本も…怒らない美学って感じです。